【現実】「現実的に考えると」は、諦めの言葉かもしれない

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現実的に考えると、無理だ。そう言いながら、本当に現実を見ていたのか、ふと疑うことはありますか。

その言葉は便利だ。理由っぽく聞こえて、誰にも反論されない。自分を傷つけないための言葉として、いつの間にか使い慣れてしまっていることがある。

でも、現実とは外にあるものだけではない。自分の中にある思い込みを「現実」と呼んでいることも、ある。

ミカとナオコは、4月1日の午前9時20分、諦めと現実の境目について話している。限界を先に引いてしまっていた自分に気づく、静かな会話です。

目次

4月1日 9:20 AM〜諦めと現実の境目で〜

ミカ

ナオコさん、現実的に考えるとって言いながら、実は諦めてるだけだったって気づいたこと、ありますか。

ナオコ

あるよ。仕事復帰したいなって思ったとき、現実的に考えると子どものことがあるしって自分に言い聞かせてたんだけど、本当は怖かっただけかもしれないって、最近思うようになったかな。

ミカ

怖かっただけ、か。現実的にって言葉、便利ですよね。理由っぽく聞こえるから、自分にも言い訳しやすくて。

ナオコ

言い訳しやすいんだよね。しかも、誰にも反論されないから、そのまま通っちゃうし。

ミカ

私も新しい企画を提案しようとして、現実的に予算がないしって自分で止めたことあって。でも後から、予算の話をする前に自分で諦めてたって気づいて。

ナオコ

現実を見てるんじゃなくて、限界を先に設定してたってことね。

ミカ

そうなんです。現実って外にあるものだと思ってたのに、自分の中にある思い込みを現実って呼んでた気がして。

ナオコ

私もそうかもしれないよ。現実的にって言うとき、たいてい自分が傷つかないための理由を探してるから。本当の現実より、安全な現実を選んでるだけなのかもしれないし。

ミカ

安全な現実、か。それって現実を見てるんじゃなくて、現実から守られてるだけですよね。

ナオコ

そこはそうだと思うよ。ただ、諦めと現実の境目って、自分では分かりにくいんだよね。現実的に考えてるつもりが、いつの間にか限界を引いてるだけだったりするから。

「現実」としての価値観と向き合うとき

「現実的に考えると」という言葉を使うとき、たいてい自分が傷つかないための理由を探しています。

安全な現実を選ぶことは、現実を見ることではありません。本当の現実より、傷つかない現実を選んでいるとしたら、そこには諦めが混ざっています。

諦めと現実の境目は、自分では分かりにくい。でも、引っかかりを感じているなら、まだその境目を探せるということです。

あなたの「現実」という価値観はどこにありますか?

・「現実的に考えると」という言葉をよく使いますか

・動く前に、できない理由を先に集めてしまうことがありますか

・本当はやりたかったのに、現実的にと言って手放したことがありますか

もし一つでも引っかかるものがあれば、ワークへどうぞ。

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