またやってしまった。そう思いながら、また同じことをしている。
やめようと思っている。でも止まらない。意志が弱いのか、怠けているのか。そう自分を責めるたびに、余計に苦しくなっていく。
ただ、やめられないのではなく、その時間が必要だから続けているのかもしれない。何かを止めたら、代わりに何かが見えてくる。それが怖くて、止められないこともある。
ミカとナオコは、4月1日の午前9時40分、繰り返す癖の奥にあるものについて話している。自制とは何かを、問い直す会話です。
4月1日 9:40 AM〜繰り返す癖の奥にあるもので〜
ミカナオコさん、またやってしまったって、繰り返してる癖みたいなものってありますか。



あるよ。夜中についスマホ見てしまって、寝不足のまま朝迎えて、今日こそ早く寝ようって思うのに翌日また同じことしてるから。



私も食べすぎた日に、明日から気をつけようって思うのに、またストレスたまると同じことして。やめられないのか、やめたくないのか、自分でもわからなくて。



やめたくないのかもしれないよね。あの時間が必要だから続けてるっていう。



必要だから、か。やめなきゃいけないと思いながら、でも止めたら何かが抜ける気がして、その何かを見ないようにしてる感じもあって。



私もスマホ見てる時間って、現実から逃げてる時間だと分かってるんだけど、あれがないと次の日動けない日もあるから、完全に悪いとも言い切れなくて。



律するって、ただ我慢することだと思ってたんですけど、なんのために律するのかが腑に落ちてないと、結局また戻るんですよね。



そうなんだよね。やめなきゃって言い続けてるのに変わらないなら、やめる理由がまだ自分の中で本物になってないのかもしれないよ。



本物になってない、か。誰かに言われたからやめようとしてるのか、自分が本当にそう思ってるのか、その違いって大きいですよね。



大きいと思うよ。自分で納得してないことって、続かないから。私も子どものためにって言いながら、本当は自分がそうしたいから動いてることと、そうしなきゃいけないから動いてることが混ざってて、整理できてないし。



自制って、強くなることだと思ってたんですけど、自分が何を求めてるのかを正直に見ることの方が先なのかもしれないですね。



そこはそうかもしれないね。やめられない癖の裏に、まだ手放せないものがあるなら、そっちを先に見た方がいいんだろうね。
「自制」としての価値観と向き合うとき
やめなきゃと言い続けているのに変わらないなら、やめる理由がまだ自分の中で本物になっていないのかもしれません。
誰かに言われたからやめようとしているのか、自分が本当にそう思っているのか。その違いは大きい。自分で納得していないことは、続かないからです。
やめられない癖の裏に、まだ手放せないものがあるなら、やめることより先に、そっちを見た方がいいのかもしれません。
あなたの「自制」という価値観はどこにありますか?
・やめようと思っているのに、繰り返していることがありますか
・自分を律することを、我慢することだと思っていますか
・何のために自分を律したいのか、答えが出ていますか
もし一つでも引っかかるものがあれば、ワークへどうぞ。








