【責任】一人で抱えることを、責任と呼んでいませんか

自立性と責任をテーマにした価値観コラムのアイキャッチ画像

誰かに任せれば楽になると分かっている。でも、結局自分でやってしまう。

頼む手間を考えたら自分でやった方が早い。そう思いながら動いているうちに、気づいたら誰にも頼めなくなっていた。頼み方が分からなくなっていた。

一人で抱えることを、責任と呼んでいるとしたら、それはやがて崩れます。崩れてから初めて、あれは責任じゃなくて意地だったと気づくことがある。

ミカとナオコは、4月1日の午前9時30分、抱えることと責任の違いについて話している。手放せない理由の正体を、静かに探る会話です。

目次

4月1日 9:30 AM〜抱えることと責任の違いで〜

ミカ

ナオコさん、誰かに任せたら楽になるって分かってるのに、結局自分でやってしまうこと、ありますか。

ナオコ

しょっちゅうあるよ。家のこと全部自分で把握してないと不安で、夫に任せると細かいところが違うから結局自分でやり直してるし。

ミカ

やり直す手間考えたら最初から自分でやった方が早いって、私も職場でそうなんですよ。でも気づいたら誰にも頼めなくなってて。

ナオコ

頼めなくなってくるんだよね。頼む練習をしてこなかったから、頼み方も分からなくなってくるし。

ミカ

頼み方が分からない、か。私、後輩に仕事振るとき、お願いする言葉より先に、これで大丈夫かなって不安が出てくるんですよ。相手への不信なのか、自分の不安なのか。

ナオコ

私も夫への不信じゃないんだよね。ただ、自分がやらないと回らないって思いたいのかもしれないよ。必要とされてる確認を、責任って呼んでるだけで。

ミカ

それ、さっきの貢献の話と似てますね。

ナオコ

似てるね。抱えることで存在を確かめてるのかもしれないよ。弱さを見せたくないというより、手放したら私がいなくてもいいってなるのが怖いのかも。

ミカ

一人で抱えることと、責任を果たすことって、違うことなんですよね。でも、自分の中では同じになってて。

ナオコ

そこが一番厄介なんだと思うよ。崩れるまで気づかないから。崩れてから、あれは責任じゃなくて意地だったって分かることの方が多いから。

「責任」としての価値観と向き合うとき

必要とされている確認を、責任と呼んでいることがあります。

自分がいないと回らないと思いたい。手放したら、私がいなくてもいいことになってしまう。その怖さが、頼めない理由の奥にあるとしたら、それは責任ではなく、存在を確かめる手段になっています。

一人で抱えることと、責任を果たすことは、違います。その違いに気づいたとき、少し楽になれるかもしれません。

あなたの「責任」という価値観はどこにありますか?

・誰かに任せるより、自分でやった方が安心しますか

・頼むことに、罪悪感や申し訳なさを感じますか

・一人で抱えすぎて、崩れたことはありますか

もし一つでも引っかかるものがあれば、ワークへどうぞ。

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